写真は、真実を写す? その1、

 そもそもphotographは、ギリシャ語の「光」photograph 「書く,描く」の連結語であって、日本語では「写真」ではなく「光写」とでも訳された方がよかったのである。それが真実を写すもの、「写真」という名前をもらったことが、「写真」の不幸のはじまりかもしれない。

 なにしろ「写真」は、真実を写す。と信じて止まない人が沢山いる。写真を生業とする人たちでさえも、そのように思っている人が沢山いる。

 

 5メートル先に花の群落があったとして、人間の眼で群落を認識して、その中の1輪を見ようとすれば、人間は、5メートル前進して花を見る。カメラでアップを撮ろうとするとき、5メートル位ならば、おじさんカメラマンの望遠レンズでアップが撮れる。

 その時、1輪だけにピントをあわせて、前後をボカすことだってできる。だいたいにしてが、人間の眼は、基本的にパンフォーカスである。前列に並んだ花子ちゃんにピントがあって、後ろにいる太郎君がぼけてた。なんてことは、写真では良くある事だけど、人間の眼はそんな事は、ありえない。

 真夏の炎天下であっても、人間の眼は、葉っぱの裏に隠れた花も、太陽に照らされる花も、どちらもきちんと見る事ができる。けれど写真でこんな状況の花を撮ろうすると、どちらかが真っ黒につぶれるか、真っ白に飛んでしまう。

 まして、デジタルデータになっている写真から、ゴミを消すことなんて、極めて簡単にできてしまう。そんな時代になったので、銀塩写真は、裁判の証拠になるけど、デジタル写真は、証拠にならないなんて、私にとっては、それこそ都市伝説のようなことを、銀塩写真派の人たちが、言うんですが。どなたか裁判に詳しい方、これって本当でしょうか?。

 銀塩写真派の人たちに言わせれば、デジタル写真は、ほぼ真実じゃないってことでしょ。これだけを取り上げてみても、「写真が真実をありのままに写す。」なんて言えます?。