父の写真機

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 十年前に亡くなった父のカメラである。

 我が国最古のカメラメーカーである六桜社製のリリー5年型カメラ。(六桜社とはコニカミノルタの前身、小西六本店のカメラ製造子会社。) このカメラを父が使っていたのを、私は見た記憶がない。父が使っていたことを覚えているのは、ミノルタ二眼レフである。

 

 実家の階段の下の物入れに引伸機やら現像用品、写真用品が詰まっていた。それが写真用品であることが理解出来たのは、私が写真学生になってからのことであり、それ以前には、それらが何をするための物なのかという疑問すら持たなかった。その写真用品の持ち主は、父であったのだが、父がそれらの道具を使う姿を一度も見た事はない。

 写真学生となった時に、それらの道具が、父に問うまでのこともなく写真用品であることは、理解出来た。 写真学校に入った最初の夏に実家の物置でフィルム現像もプリントもしたことを覚えている。現像に必要な暗室用品はすべてそろっていて、東京の六畳一間のアパートでする暗室作業より、はるかに快適だった。

 父は、家族に対しては何も語らなく、結論だけを言う人であった。写真についてもそれが趣味であったのかさえも、それらの道具が自分のものであること以外、語ったことはなかった。しかし、カメラや暗室用品が父のものであったということは、父が若いころに趣味であったとしても写真についてそれなりの強い思いがあったのだろうと思われる。

 

 そしてわたしは、写真学生となり、今、日々写真に憶いを込めている。父が写真に入れ込む姿は、私の記憶にはないけれど、このカメラを見る度に、写真に対する憶いの強さは、父のそれを受け継いでいるからなのではないのかと。同じDNAにあるのだと言えば簡単なのだが。