40年前の青年の姿で

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 入院していた時のこと、携帯電話が鳴り、見知らぬ番号が表示されていた。電話の向こうの彼が告げた名前で、すぐに誰であるかを理解したが、およそ40年ぶりの連絡であった。学校の同窓会名簿から、実家を探し、私の携帯にたどり着いたということであった。

 その後、電話で話し、手紙をやりとりした。届いた封書を開けると。出て来たのが老齢のオヤジの写真『ギョット』した。

 彼に最後に会ってから、すでに40年の時が過ぎている。私の記憶にある彼は、20代前半の精悍な青年であって、60すぎの老人ではないのだ。そうか、これが今の彼の顔なのだ。彼と私の姿は、20代のあのときのまま、自分も20代のままなのだ。

 彼には、わたしのブログとFacebookを伝えてあって、私の今の姿を見ている。彼も今の私の姿に驚いたのだろうか? 

 学生だった当時の彼には、多くの同級生の中に在って、少し違った共感をもっていた。疎遠であったことに違いはないのだけれど、彼の存在は、その共感とともに私の中にずっと在った。

 

 9月に入ってすぐの帰郷の際、再会することになっているが、40年の時間は埋まるのだろうか。現実の姿は、老人であることを認めたとしても、「20代の、あのときの共感を共有できればよいのだけれど.........」と願っているわたしは、すこし厚かましいのだろうか。