日々静物画写真

光輝く、美しいものであふれている。

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私の暮らしは、光に輝く、美しいものであふれている。

My life is overflowing with beautiful things shining in the light.

私の暮らしは、写真にできる、美しいものであふれている。

My life is overflowing with beautiful things that can be taken in the picture.

リンゴを手で割って二つにする

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 先日、知人の所を訪れた際にリンゴがいくつかあって「持って帰れ」と言う。皮をむくのが面倒でなかなか食べるに至らないと。

「皮など剥かず、かぶりつけば良い。」と言うと。「若い頃ならそうもしたけれど、口を大きく開くことも面倒だ。せめて半分ぐらいであれば食べない事もないかも。・・・」というのでリンゴの一つを取り、膝のうえに添えて、両手で半分に割った。

 「こんなことの出来る人は初めてだ、・・・」と驚ろかれた。

 

 私が幼かった昭和30年代、秋の終わり頃、寒くなり始めると父の実家から木の箱に入ったリンゴが届き、冬にはおやつになっていた。小学校に入る前の子供に、まるまる一個のりんごは、食べきれない。そんなとき包丁を持つまでもなく、父が手で半分に割ってくれた。

 丸一個のりんごは、はじめの一口が齧りつきにくいこともあり、中学の頃には、自分で割って食べていた。

 

 大人になると木箱に入ったリンゴが日常ではなくなり、買ってきたものは包丁、ナイフで切り皮を剥いて食べる。それでも、ひと冬に幾度か手で割ってみる。まだ「自分の手でリンゴを半分にすることが出来る。」そのことに「あの頃の父に負けない体力がまだ残っている。」そんな思いが。少し安心する。

 

余談。

 手で割ったリンゴの断面は、なかなかに奇麗に思う。

「静物画写真」はじまりの一枚

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 年明けて、写真データを保存しているHDの容量に余裕がなくなってきたので、新しいHDにデータを移動させる作業をしていた。画像を確かめながら。はっきりと覚えているもの。こんなもの撮っていたんだと思うもの。そんななかの「これ・・・」という一枚。「石の上に置かれたキウイフルーツ」、「日々の静物画写真」と私が呼んでいる、今の一連の写真を始めたきっかけの一枚。

 その時まで、私の住む埼玉を中心に、花の名所といわれる所をたずね写真を撮っていた。当時すでに団塊の世代がリタイアの時期を迎え、写真を趣味とするアマチュアが集団を形成して、花の名所にあらわれていた。鎌倉など観光地の旧跡で三脚の使用が禁止されはじめたころ。スマホは、まだ現れていなかったのでカメラの存在が強く意識されてた。
 できるかぎり他の人たちの撮る写真とは、違う見方の写真を意識するも、代わり映えのしないものしか撮れていなかった。
 そこで、できるだけ人のいないところ、人の行かない場所、人のいない時間を撮影場所に選ぶ事を意識した。

 その中で出会ったのが、さいたま市緑区大崎にある「さいたま市園芸植物園(農業者トレーニングセンター園芸植物園)」。埼玉は、さいたま市立盆栽美術館があり、盆栽家が集まる盆栽町や庭木の生産地であるなど園芸植物の一大生産地。
 園芸に携わる農業者のための研修施設である園芸植物園は、様々な園芸草花、花木の林、温室、製作予算に応じた和風庭園のひな形など園芸植物の育成を意識して維持されている植物園。入園無料で一般の人も見学ができる。ただ何時行っても職員以外の見学者をほとんど見かけない。

 園芸植物園をひとめぐりした午後の遅い時間、蓮池のほとりに、休憩所として用意された石畳の「あずまや」に腰をおろすと足下にキウイの実が数個。頭の上を見上げると、藤棚ならぬキウイの果樹棚。キウイの実がたくさん成っていた。

夕方のコントラストの強い夕陽。石畳の上のキウイの実。そのときに「そうだこれを撮るという方法がある。」自分の日常の中の手の届くところにある物を撮ること。絵画の中で言えば「静物画」ができる。なぜか確信できるものがあった。
 ほぼ次の日から、本当に次の日から、歩き回って撮影対象を探すことをすっぱりとやめ、自然光のもと花や果実や生活用品を撮る「静物画写真」をはじめた。そしてほどなく、右足を故障して歩く事が困難になり、撮影対象を求めて歩きまわる撮影は、全くなくなってしまった。
 そんな私の象徴的な一枚が、この「石の上のキウイフルーツ」。

お正月なので「くわい」

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 さいたま市周辺は、首都圏の代表的な住宅地ではあるのですが、広大な農地が広がっていて、例えば、さいたま新都心のすぐ東側には、「見沼田圃」と呼ばれる大きな保全地域があり、日常の風景として新都心の高層ビルと田圃が苦もなくワンショットで撮影できます。

 そのようなこともあり、いわゆる産直所が身近なところに沢山あります。私の写真に使っている花、野菜は、さいたま市周辺の産直で手に入れるものが沢山あります。よく行く産直は5カ所。一番遠いところでも車で30分。

 スーパーマーケットにいけば、とまと、なす、きゅうり、キャベツ、白菜などなど大きさがそろっていて、汚れやキズのない、きれいなものを一年中手に入れることができます。けれど、季節感なし、きれい過ぎて、一言で言えばおもしろくない。

 そのへんのことは、折にふれお話しするとして、今回は正月のおせち料理に使うこともあり「くわい」。

 広島の福山とさいたま市が「くわい」の二大産地だそうで、たしかに12月になると、産直にも「くわい」が出てきます。ただし、市場に出すような大きなものではなく、親指大から小指大の小振りなもの。素揚げにし塩を振ってたべます。ちょっとした苦みと独特の食感があります。産地ならでは食べ方かもしれません。

 おせちに使うような大粒のものは高価すぎて、酒のあてに沢山たべることもできませんから。

 

 

コタツの天板も捨てたもんじゃない

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realistic stillness~In the living room 800×800

 

 冬至を挟んだ前後4ヶ月、八畳の和室の真ん中に置いた、こたつまで陽の光が差し込む。南向きの掃き出しのサッシの外には、5mほどの小さな庭。そのまた向こうには、さえぎる建物がないので、日当りはきわめて良い。

夏には、こたつテーブルとなる、この場所が私の日常の居場所。こたつの天板は、白い砂目と裏面は黒い砂目、なんとなく思い出した時に裏がえしながら使っている。

当然この天板の上には、いろんなものが置かれる。晴れた日に、白い食器に太陽の光が差し込むと眩しすぎるので、レースのカーテンをする。レースの模様が映ったり、窓外の立ち木が揺れたり。

みかん、キャラメル、こんぺいとう、毛糸玉、落花生、スケッチブックに色鉛筆・・・・・。

気がつけば、こんなきれいな色と光と陰と、コタツの天板も捨てたもんじゃない。

 

 

こたつから出した汚い足を撮っている場合じゃないぞ、諸兄姉。

 

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真冬のハイビスカス

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これも温暖化?

一週間まえ、気温が冬めいて下がった日。南向きの軒下に置いた植木鉢のハイビスカスが、元気をなくしていた。急に来た寒さに曝されたせいだろう。もうすぐ開きそうなつぼみも首を下げていた。

 日差しが入るサッシの内側にとりあえず取り入れておいた。もしかしたら、元気になるかも???と思って。その三日後、元気をとりもどしたハイビスカスは、花を開いて(NO,2144の花がそれ。)、もう一つのつぼみも色づきはじめた。

 温室の中であれば、冬であってもハイビスカスが元気で、花をつけることも珍しくはない。これまでの経験では、屋外に出しっ放しであれば12月には、花を着けるどころか枯れてしまっていた。南向きの軒下とはいえ、12月のはじめまで外にあった鉢植えのハイビスカスが元気で、つぼみを持っていたのは、暖かい晩秋のためだろう。

 その後、5つあった小さなつぼみも大きくなったいて、このままで行けば花を開くかもしれない。温室ともいえない南向きの部屋で、夏の花のイメージを持つハイビスカスが元気で咲いていることも、温暖化している気候を実感する出来事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2018,12,04.さいたまのみかん

秩父夜祭り」が終わって冬の到来。のはずが、庭先のバジルもまだ青々としている。12月になったけれど、今年は、冬になったというより、まだ晩秋の趣き。

 いつも訪れる産直所は、「果実もの」が、ピークはやや過ぎた感じではあるけれど、ほんとうに山盛りに出されている。品物を出荷している農家さんによると、「今年の夏の暑さがよかったかも。台風も沢山きたけど、直撃しなかったから雨もいい具合っだった。」とのこと。柿、ゆず、すだち、かぼす、金柑、みかん、キュウイ、ついこのあいだまではイチジクも出ていた。

 我が家のあるさいたま市周辺は、農家も多く、住宅地の民家の庭先にも、遠目にオレンジ色の実を付けた木々が目立つ。夏みかんをはじめポンカンやレモンまで沢山の実をつけている。

 柿の木は年を越すと実を落としてしまうけれど、柑橘類は、ともすると一年中いずれかが実をつけている感じでではある。

 ちなみに我が家の小さな庭にある、温州みかんもことしは結構大きな実を沢山つけた。スーパーに並ぶものに比べると強い甘みはないけれど、酸っぱくはない。むしろ程よい甘さで悪くない。2メートルに満たない木であるけれど、この数年は、ちゃんとした実をつけている。

 埼玉県で、みかんが食べることのできる実を付ける。気候の温暖化を実感する身近な出来事です。

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さいたまのみかん

 

作業小屋にて。In a farm work hut.

 

 

 

 

二階建ての作業古家。一階は物置、二階は撮影部屋と六畳ほどの畳敷きの部屋。物置には、ことある度に物が詰め込まれるものだから、何がどこにあるのかわからなくなっている。幾年も触られなかった箱が沢山あって、なにかしらの時に開けると驚くものがでてくる。

 

一階と二階は外からの光の入り具合が違っていて、天井から下がったロープや柱に打たれた釘に掛けられているものが異なった様子を見せることに魅せられたりする。二階の畳に寝転んでいるときに様変わりする様子を気づくことが多いように思う。目線の高さが普段と違うことがよいのかもしれない。

 

さて、これから、なにがあらわれるか・・・・・・。

 

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作業小屋にて。In a farm work hut. 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

唯一無二の写真を創る

写真を撮るとき。創るとき。強く憶うことがある。

これまでどこにもなかった,始めての写真を創ること。

誰も見たことのない写真。

唯一無二の写真。

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続けるということ

3年、5年、10年、あるいはもっと長く続けたとして

その時がきたとき、どのような結果がでているのか

良い結果かもしれないし、なにも残っていないかもしれない

けれど、続けたあとにくる、なにものかは、続けることでしかやってこない

もしかすると、自分が死んでしまった後に、やってくるかもしれない

 

続けることの意味は、続けることでしかわからない。

 

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40年前の青年の姿で

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 入院していた時のこと、携帯電話が鳴り、見知らぬ番号が表示されていた。電話の向こうの彼が告げた名前で、すぐに誰であるかを理解したが、およそ40年ぶりの連絡であった。学校の同窓会名簿から、実家を探し、私の携帯にたどり着いたということであった。

 その後、電話で話し、手紙をやりとりした。届いた封書を開けると。出て来たのが老齢のオヤジの写真『ギョット』した。

 彼に最後に会ってから、すでに40年の時が過ぎている。私の記憶にある彼は、20代前半の精悍な青年であって、60すぎの老人ではないのだ。そうか、これが今の彼の顔なのだ。彼と私の姿は、20代のあのときのまま、自分も20代のままなのだ。

 彼には、わたしのブログとFacebookを伝えてあって、私の今の姿を見ている。彼も今の私の姿に驚いたのだろうか? 

 学生だった当時の彼には、多くの同級生の中に在って、少し違った共感をもっていた。疎遠であったことに違いはないのだけれど、彼の存在は、その共感とともに私の中にずっと在った。

 

 9月に入ってすぐの帰郷の際、再会することになっているが、40年の時間は埋まるのだろうか。現実の姿は、老人であることを認めたとしても、「20代の、あのときの共感を共有できればよいのだけれど.........」と願っているわたしは、すこし厚かましいのだろうか。

 

入院の記録

入院から二ヶ月が過ぎようとしています。梅雨が開けて、気力がついていかずボンヤリしています。いつもの写真は撮ったのですが、迷っています。病棟での日々を思い出していました。ipodでとった写真をあらためて見る、「かなり暗いナー」と。

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