Photograph is my life

Photograph is my life

作業小屋にて。In a farm work hut.

二階建ての作業古家。一階は物置、二階は撮影部屋と六畳ほどの畳敷きの部屋。物置には、ことある度に物が詰め込まれるものだから、何がどこにあるのかわからなくなっている。幾年も触られなかった箱が沢山あって、なにかしらの時に開けると驚くものがでてく…

唯一無二の写真を創る

写真を撮るとき。創るとき。強く憶うことがある。 これまでどこにもなかった,始めての写真を創ること。 誰も見たことのない写真。 唯一無二の写真。

続けるということ

3年、5年、10年、あるいはもっと長く続けたとして その時がきたとき、どのような結果がでているのか 良い結果かもしれないし、なにも残っていないかもしれない けれど、続けたあとにくる、なにものかは、続けることでしかやってこない もしかすると、自…

唯、唯一の

創るならば、ほかに類するものではない唯一のものでなければならない。 どこにもない、見たことのない、想いもよらない、そのような写真を創る。

40年前の青年の姿で

入院していた時のこと、携帯電話が鳴り、見知らぬ番号が表示されていた。電話の向こうの彼が告げた名前で、すぐに誰であるかを理解したが、およそ40年ぶりの連絡であった。学校の同窓会名簿から、実家を探し、私の携帯にたどり着いたということであった。 …

入院の記録

入院から二ヶ月が過ぎようとしています。梅雨が開けて、気力がついていかずボンヤリしています。いつもの写真は撮ったのですが、迷っています。病棟での日々を思い出していました。ipodでとった写真をあらためて見る、「かなり暗いナー」と。

k氏に捧ぐ

続けること

2013.04.17以来ひさびさのTextです。 Textを書きたくなったことは、幾度かあったのですが、なんとなく世の中「ものが言えない、言いにくい雰囲気」のことが多くなったような気がしてしています。最近でいえば、東京五輪のこと「ウーーーン」という感じの人が…

カメラは、何でも良いわけではない。

二週間程前のsumihateさんのブログ「カメラもなく、腕もなく・・・」に 「私思うに、さにあらずサイバーショットでも十分です。だってsumihateさんの写真、私、好きですヨ。この件、長くなるので改めて書いてみます。」 とコメントしたことずっと気になって…

肖像写真として、ほめられた物ではないが・・・。

現在、私が住んでいるところは、さいたま市といえど、東京通勤圏にある住宅地で、それなりの買い物をするためには、駅周辺の商店街では、用が足りず、15キロ圏内に6カ所あるショッピングセンターのどこかに出かける。車が日常の足になっている。 いつの頃…

今度は粋かよクールジャパン。自分で言ったら野暮になる。

もうずいぶん前のことになる、娘が保育園に通っていた頃の事。毎朝、保育園に娘を送って行くのは、私の役目だった。朝に子供達を待っている保育士さんは、一週ごとに替わるのだけれども、その中のAさんのお迎えの言葉は、「○◯ちゃん、おはよう、今日もがんば…

大人の発達障害

このtext blogも気がついてみるとほぼ1ヶ月更新していない。これまで、少しなりとも写真にまつわる事を書いて来たけれど、今回は、意を決して、写真から離れたことを書いて見る事にしたのです。 この数年、ニホンの大きな新聞やテレビのニュース、報道番組…

卓袱台の上だって写真になる瞬間

被写体をそこまで運んではくるけれども、構図までを決めて、このように撮ろうと決めてかかっている訳ではない。このような光のもとで、このような構図で撮ると決めてかかっても写真には、ならない。 習作のように、あらかじめ手本となる図像のあるものでも、…

黒バックに卵

40年前の写真小僧が写真学生になったばかりの5月、写真撮影の実習課題として、こんなものがあった。「白バックに卵」「白バックに石炭」「黒バックに石炭」「黒バックに卵」被写体が「卵」と「石炭」で背景が白と黒の色ケント紙。私の記憶では、担当が研…

父の写真機

十年前に亡くなった父のカメラである。 我が国最古のカメラメーカーである六桜社製のリリー5年型カメラ。(六桜社とはコニカ・ミノルタの前身、小西六本店のカメラ製造子会社。) このカメラを父が使っていたのを、私は見た記憶がない。父が使っていたこと…

帰ったら雪、戻っても雪・・・一年ぶりの帰盛

故郷、盛岡は、例年冬の降雪が、それほど多くない。大陸からやってくる日本海越えの湿気を含んだ寒気は東北の背骨、奥羽山脈にぶつかって日本海側の青森津軽、秋田、山形に大雪を降らせる。山脈を越えてやってくる寒風は、乾燥していて太平洋側は、大雪には…

写真日録

40年前の写真小僧が写真学生だったとき「毎日一枚の写真を撮れ。」と言われていた。毎日フィルム一本は、撮影するようにとも言われていたので、「毎日一枚の写真を作れ。」ということ。35㍉銀塩フィルム一本は、36コマなのだけれども、TTLがついている…

ふたたびの写真

40年前の写真小僧が写真学生だったあのころ、漠とした写真家になるのだという夢は、持っていたものの、先行する世代のカメラマンの群れが、我が世の春とばかりに大活躍の時代。おいしい生活、セゾン、PARCO、糸井重里、川崎徹に代表される広告の時代、バブ…

写真にテキストを付けない事について

40年前の写真小僧が写真学校生だったころ、その写真学校は、かなり真面目に写真をやっていて、(その当時もかなり、いいかげんな写真専門学校が多かった。)写真制作の課題が毎週ひとつ以上のペースであった。単写真は、認められず、組写真が基本かつ前提…

銀塩写真について思うこと

銀塩写真と、わざわざ断らなければいけない時代になってしまった。 2012年、不特定の100人に聞いた時に「カメラ」といえば、デジタルカメラのことであって、フィルムを使う「フィルムカメラ」をイメージする人は、ほぼゼロだろう。それは、レコード盤とCD…

写真は、真実を写す? その2、

関東地方の平野部が最後の紅葉の季節を迎えている。そんな紅葉の季節を迎えて思い出すのが、この写真。前のシーズンに、雨上がりの野火止の平林寺で撮ったものである。 そのとき同行した氏いわく「本物のモミジは、こんなにきれいじゃない。」「色、足して…

写真は、真実を写す? その1、

そもそもphotographは、ギリシャ語の「光」pho・toとgraph 「書く,描く」の連結語であって、日本語では「写真」ではなく「光写」とでも訳された方がよかったのである。それが真実を写すもの、「写真」という名前をもらったことが、「写真」の不幸のはじまりかもし…

きれいに写れば、いいんじゃないの????

今年の夏、蓮の花の写真を撮っていた。その写真を見た数人いわく「本物の蓮の花は、十分にきれいだけれど、この写真は、本物よりきれいに写っている。」その場では、「ありがとう、ありがとう。本物よりきれいだと言ってもらえるとは、・・・・・」というこ…

三脚についての余計なお世話

十年ほど前の雨模様の日に、とある公園で、ビデオに挟み込むためのバラの花を写真撮影をしていたときのこと。普段は、それなりのビデオカメラで数人で撮影しているので、通りすがりの人から声をかけられる事もなかった。けれども、この日は急ぎのワンカット…

ふたたびの写真。写真するには、いい時代になっていた。その2

70年代半ばに写真学生となっていた写真小僧たちの写真するうえでの願望は、写真展をすること、写真集を出す事であった。写真展、写真集への切なる思いは、「写真展、写真集なんかしょうがねーよ。」とまでの屈折した発言に至るほど。 私の周辺の写真小僧た…

ふたたびの写真。写真するには、いい時代になっていた。その1

やたらと画角や構図にうるさい演出、制作者であった映像製作をリタイヤしたあと。神経は、なんとなく動画に注がれていた(と思っていたのだけれど)気づくとスチールカメラを持ち、ひとりで写真を撮る自分がいた。ビデオであっても一人で作る事ができるのだ…

textを書き始める。

昨日、11月13日写真をアップ出来なかった。これまでの毎日と同じ手順で写真を投稿するのだけれど「93」の写真データがアップできない。fotolifeならばと直接アップするもこれもできない。どこまでも毎日、写真を続けて更新することがモチベーションにな…